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「野いばら」 梶村啓二 より

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わたしたちは庭に向かって座り、前を見つめながら、黙って食事をとった。心地よい沈黙だった。言葉を持たない動物の中には、鳴き声そのものではなく、声を発した後、次の声を発するまでの沈黙の時間の長短で互いの意志を通じ合わせるものがあると聞いたことがある。わたしたちの間の沈黙はそれに似ていた。そういう対話の仕方もたしかにあったのである。

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「エバンズさまは、ほんとうにお花がお好きなのでござりますな」

「ええ、好きです」

「わたくしもにございます」

ワタクシモニゴザイマス。なにげない言葉だ。変化はいつも不意打ちのように訪れる。だが、変化はたとえばこんな言葉によって知らぬ間に静かに育てられているのだ。変化を育てた当人さえ気づかぬがゆえに、目覚めたとたんそれは激しい奔流となってわたしたちを押し流していく。わたくしもにございます。わたくしもじゃ。その言葉が何度繰り返されたことだろう。彼女とともに過ごした時間の最後までわたしたちの間に響いていた調べは結局その言葉だった。それはわたしが長い間誰からも聞くことがなかった言葉だった。そして、わたしが最も聞きたかったのもその言葉だったのである。同じものを同じように美しいと感じ取る。それだけのことがどれほど人を満たすことだろう。分かち合うことができれば、苦痛でさえ、ときにわれわれに生きる意味を与える。そのことを思うとき、わたしはこの言葉を、今再び深い驚きを持って胸に蘇らせるのである。ワタクシモニゴザイマス。

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誰もが夜の帳に(とばりに)ひととき身を隠し、時の流れから安全な場所に避難していた。やがて夜が明ければ、それぞれがそれぞれの場所で。海の漂い方を探さねばならない。

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人の告白は、語る当人の扉を開ける以上に、聞く側の閉ざされた何事かをこじ開ける。

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いったん気づいてしまったことを脳裏から消し去ることは不可能だ。描かれた線が見えないほど小さなものであっても、一度こころに描かれたものは二度と消すことはできない。その細い線を忘れることはできる。しかし消すことはできない。ただそれだけのことが人に永遠の苦しみを与える。

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当面の目的地がある。その連続が自分をこの世につなぎとめている。

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人の道

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あるドラマの中で使われた言葉だけど

「外しても、踏みとどまっても、人の道」

良い言葉ですね

解釈の仕方でいろんなふうに感じ留めることができます。座右の銘の一つにしておこう

9次元+1

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超ひも理論によると理論上この世は9つの次元と一つの時間で出来てるらしい
宇宙誕生以来そのうち三つの次元だけが?爆発的に膨張を続けているとすれば・・・
残された6つの次元はまだ膨張してないだけでどこかにある?

以前リサランドール博士の5次元のお話で目を白黒させた覚えがあるけど
ここまで来るともはや白黒だけでは色も足らない・・・笑

いやはや 科学者とはとんでもないこと考えるね・・・

でも 背筋ゾグソクワクワク(^_^)

 

おかあちゃん

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今日は私の55回目の誕生日でした。

今年85になる私の母は、また今年も鯛の尾頭付きに赤飯を準備してくれてました。
うちの母は古い習わしというか まあ年齢的にそれが当たり前の時代に過ごしてきた人なので
そう言った家族の記念日、季節の節目、閏年の計算に、今日が何日で何曜日よりも旧暦で今は何月何日・・を
しっかり把握できている人なのです。

母は私も含めて子供を5人産んだそうですが、最初の二人は1歳未満で亡くなり、育ったのは姉二人と私です。
産んだ子供みんなそうなのですがうちの母は身ごもってから一度も病院に行くことなく自宅で出産してます
戦後すぐ大分県国東半島の小さな漁村に移った母は私を産む頃にはすでに一人になっており 女手一人で
子供三人育てたわけです。 究極の貧乏状態で食べることが出来ないのに病院に行くお金があるはずもなく
見かねた近所の産婆さんが手伝ってくれたこともあったそうですが ほぼ自分で何もかもやってきた人です

ちょうど私が産まれる頃から日本は高度成長期に入っていきますが、田舎のほうではまだまだ そんな風は微塵もふいてはなかったことでしょう。
それでも私が学校に上がる頃からは女の母にもそれなりに仕事がまわってきて、身を粉にして働いてくれたことは
今の私らを見れば言うまでもないのですが、 私ら姉弟三人が今 この年齢を迎えられるのはほんとに奇跡と言っていいのかもしれません

そんなこんなのせいかわかりませんが私の誕生日は本来の日より一ヶ月遅れで戸籍に載りました
悪いことに12月から1月と「年」をまたいだために生まれ年まで違ってしまいました
これって経験した人でないとなかなかわかってもらえませんが自分の歳の計算が時々危うくなります
対外的には戸籍上で通すわけですが 人の生まれた日と言うのは一つしかありません。

電話口でいろんなケース 本人確認のため生年月日をお願いできますか? とか言われるといつもドギマギ・・思わず詰まってしまうこともあり、怪しまれるのではないかと憂鬱な気分です

常に今は何歳だけどほんとはこうなんだと頭の中で渦巻いてるわけです・・・
高校生ぐらいの時一度本来の日にちに修正をこころみたこともあったのですが、これがなかなか難しい・・・

病院とかだったら資料も残ってただろうけど、頼みの綱はその知ってる産婆さん・・・ でもすでに亡くなっておられて手がかりなしです・・・。もう今ではあきらめてますが、 おかげて誕生日が来るたびになぜこうなったのか どんな暮らしを乗り越えて そして乗り越えなくては いけなかったのか・・・年に一回 いろいろと思い巡らせる日です

おかあちゃんに感謝 母に敬意

 

 

イタリアの新幹線

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なんかかっこいいよね! さすがイタリア デザインGooD!

 

italo は「イタリアの」 と言う意味らしい・・・(わかってますって) :roll: